はじめに(概要)
グローバリゼーションに伴うグローバル・イシユーの出現で、その問題解決を視野に入れた「グローバル・スタディーズ地域研究」の必要性が指摘されるようになった。しかし、既存の地域研究の大半は、各対象地域のグローバル化に目を向けつつも、グローバル化が引き起こす問題の解決を目指した実践研究には至っていない。一部においては、その問題を「地域の問題」として捉え、解決を目指したアクション・リサーチが実施されてきた。しかし、その問題を研究者みずからが当事者となる「グローバル・イシュー」であるという意識のもとでは行われてこなかった。したがって本研究では、従来のアクション・リサーチを応用し、「基礎的地域研究」と「応用的地域研究」を連環させることで「グローカル地域研究」の視点と手法を構築することを目的とする。 具体的には、ミャンマーのマウービン大学が実施しようとしている大学連携地域活性事業の拠点「Community Development Center (CDC)」の組織運営ガイドライン作成と、大学地域連携事業の計画作成をアクション・リサーチとする。その際に、京都大学で実践型地域研究を志向してきた教員が中心となって、すでに大学地域連携が進んでいるバングラディシュ農業大学の普及センター、ブータン王立大学シェラブッチェ校のGNH-Community Engagement Center (GNH-CEC)との連携を図り、事業作成の過程を評価、そして分析することで、国際連携によるグローカル地域研究を創造的に追及する。 |
研究の背景
冷戦の終結とグローバル化、インターネットの発達、発達途上国における学術の向上により、誰もが世界各国に行くことが可能となり、国別情報もインターネットを通じて収集できる時代になったことによって、「地域研究不要論」が2000年以降に日本でも盛んになった。1990年代以降のグローバル化の急速な進展と共に顕著となった金融・経済、、移民・難民問題、地球環境問題などの「グローバル・イシュー」を対象とした「グローバル・スタディーズ」が欧米では台頭し、地域研究においても「グローバル・イシュー」にどうアプローチするかが問題となって、研究成果の実践的活用が重視される方法論が議論されるようになった。グローバル・イシューに対応する地域研究への社会的要請を学術的背景とし、本研究ではグローバル・スタディーズとは異なる地域研究独自のグローバル・イシューへの実践的対応が方法論的に可能なのかを問う。グローバル・イシューが顕在化する今日、実践を取り入れた地域研究の存在意義意義はますます高まっている。地域研究を不要とするのではなく、地域研究が培ってきた学術的長所をさらに進展させ、グローバル・イシューに対する実践型地域研究の方法論を誰もが仕えるように確立することが必要とされているのである(図1)。 |
研究の目的
本研究の目的は、国際連携によるグローバル・イシューに対応できる「グローカル地域研究」のあり方と方法論を創造的に追及することにある。 これまでの地域研究では、対象としての地域や在地(ローカル)に深く関わる諸問題や社会などの特徴を、分析を通じて「地域固有の論理」として客観的に理解していればよかった。しかし、地域の問題がグローバル・イシューとして出現することで、日本の地域研究者にも問題に対する当事者性が自ずと付与されることになる。グローバル・イシューに対峙していくためには、研究者自身が「グローバルに考え、ローカルに行動する」ことで、解決策を具体的にイメージし作り出していく創造性(行動力)が必要とされる。本研究では、前者の対象地域の問題や特徴を分析する地域研究を「基礎的地域研究」と呼び、「基礎的地域研究」によって確認されたうえで行動力を引き出す実践計画を作成し実施する地域研究を「応用的地域研究」と呼ぶことにする。本研究が提唱する「グローカル地域研究」は、グローバル・イシューを研究対象として、基礎的地域研究と応用的地域研究が参加型アクション・リサーチとして連環しながら実践課題の成果を出していく地域研究である(図1)。 本研究のアクションの目標として、市場経済の浸透が離農や離村などのグローバル・イシューを起こしつつあるミャンマーで、その解決を「グローカル地域研究」で目指す。イラワジデルタの農村部に立地するマウービン大学では大学と在地(村)の連携による地域活性事業を推進するためのCommunity Development Center(CDC) の設置が決定されたが、具体的な組織やプログラムはできていない。マウービン大学のカウンターパートの要望を受け、本研究では、CDCの組織運営ガイドライン作成と、二つの村で実施される大学地域連携事業の計画作成を、基礎的地域研究と応用的地域研究を組み込んだ参加型アクション・リサーチの手法によって実施し、さらに京都大学と名古屋大学で実践型地域研究を志向してきた教員が中心となって、バングラディシュ農業大学の普及センター(BAUEC: Bangladesh Agricultural University Extension Center)とブータン王立大学シェラブッチェ校のGNH-CEC(GNH Community Engagement Center)の協力を得て、「グローカル地域研究」を展開する。 本研究の学術的独自性は、「基礎的地域研究」と「応用的地域研究」をアクション・リサーチのサイクルで連環させ、実践のプロセスそのものをグローカル地域研究として新しく作り出す点にある(図1)。 海外を対象とした従来の地域研究でも、「グローバルに考え、ローカルに行動する」グローカル地域研究の重要性が指摘されてきた。しかし、海外の開発途上国を研究対象地域としてきた日本の研究者にとっては、暮らしの土地でない調査地においてグローバル・イシューに対する当事者意識を獲得しにくく、グローバル・イシューを自覚する方法論の模索もしてこなかった。したがって、グローバル・イシューに対しては地域の時間とは離れた「マス・データ」を分析する「グローバル・スタディーズ」が重視されるkとになる。分析の結果を実践家に提供する「グローバル・スタディーズ地域研究」である。地域の問題をグローバル・イシューとしてしっかりと意識し、解決のための実践までを射程に入れた、地域からグローバル世界の問題を射抜く地域研究ではない。「グローバル地域研究」ではあっても「グローカル地域研究」ではない。むしろ日本における諸問題の実践的研究こそが「グローカル地域研究」と位置づけられている。 本研究ではミャンマー、ブータン、バングラディシュ、日本の各大学に設置されている在地、地域との連携による実践教育と研究の拠点をネットワーク化することで、参加者に各在地や地域で対峙している問題がグローバル・イシューであることを実感・共有させ、当事者性を参加者に付与する「グローカル地域研究」を推進する。またそのための国際協働融合組織 (ITIGAS:International Trans-Institution for Global Studies) を構築する。 このネットワークはグローバル・イシューの実感を共有することを前提とするグローカル地域研究の方法論においては必須である。研究者の当事者意識を「覚醒」させる国際協働融合組織をグローカル地域研究の展開によって設立、運営するという組織の制度化そのものを、参加型アクション・リサーチ化した点が、本研究の顕著な創造性である。 |
アクション・リサーチは、コミュニティが抱える問題を抽出し、コミュニティ・メンバーが主体的に解決するための実践研究のツールとして、教育や看護、防災の分野で広く用いられている。本研究では、海外で国際協働として実施される地域研究だからこそグローバル・イシューを克服するための大学の拠点作りというアクション・リサーチによって、「グローバルに考え、ローカルに行動する」グローカル地域研究が十分に可能であることを明らかにしたい。その方法は、アクション・リサーチの4つの段階にする。沿った研究活動である。①グローバル・イシューの抽出方法、②CDCの組織化、③CDCが行う地域連携事業の計画と実践評価を通じて目的がどこまで達成されたかをワークショップを通じて確認、④報告書を作成、CDCが実務に利用できる参考書とするとともに、グローカル地域研究の有効性について個別に分析していく。スケジュールと活動内容は表1に示した。 本研究に参加する大学のきょてんなどは図2に示した。地域活性化事業については、ミャンマーのNGOであるFREDA (Forest Resource Environment Development and Conservation Association)、Myanmanaw Tracel Co.Ltdとの連携によって実施する。これまでの申請者が代表となった基盤研究(A)での調査(図3)を通してすでに土地勘のある、氾濫原のNgargyigayat村とtマングローブ地帯のOpo村で、地元の農林水産資源の活用や農産物マーケット、エコミュージアム、エコツーリズムなどの地域資源の流通、保全と活用による地域の活性化事業を規定しており、健康問題、家族問題への対策などをCDC地域連携事業計画書として作成する予定である。この地域連携事業の一部を重点プロジェクトとして、本研究のアクションとし、毎年、事業の進捗状況と効果に従って事業計画書を改善するプロセスも含めた事業を確立する。このアクションは本研究の終了後もマウービン大学のCDCが自律的に運営し地域連携実践を持続するためには重要となる。本研究の目的が、大学が直接行う地域連携事業の制度化にもあることから、農業普及センターとの共同事業であるバングラデシュ農業大学普及センターBAUECやマウービン大学と同じく文理科大学であるブータン王立大学シェラブッチェ校GNH-CECの支援を受けることは、アクション・リサーチとしても効果が大きい。 |
運営会議をテレワークで月に1~2度開催し、4月、7月、3月には対面会議(場所は各所属先持ち回り)を開催する。4月初めには次年度の出張計画の調整を行う。新型コロナウィルス感染問題で予定が立てられない状況だが、表1の計画に沿って、構成員が各専門家と役割を担う(表2)。年に数回の海外出張(滞在は1~2週間)が主要な経費となる。分担者は専門外のバングラデシュとブータンでおこなうグローバル・イシューの抽出と組織化と運を学ぶため、PARとPLAの各国分担となり、協力者は専門分野から調査に参加する。PRAは農林業、環境、保健、家族、エコツーリズムなど絞り、PLAは組織化と活性化事例の作成のツールとする。 海外カウンターパートは、PRAとPLAの企画実施を行う。最終年の前半のワークショップはCDCで、後半は東南アジア地域研究研究所で開催する。協力者は運営事務所経費、消耗品等を除いた予算により年度当初に派遣者を決定する。 |
氏名 | 専門 | 区分 | 専門の役割 | 所属組織・職位など |
安藤和雄 | 地域研究 | 代表 | 全体の総括、地域連携事業計画書、CDC組織運営ガイドラインの作成、PRA・PLAの指導、バングラデシュ農業大学・シェラブッチェ校との連携 | 京大東南研、連携教授 博士(農学) |
原田一宏 | ポリティカル・エコロジー | 分担 | 名大農学生を指導してポリティカル・エコロジーからPRA・PLAの農林業に関する調査とその結果の取りまとめ、地域連携事業計画作成に参加 | 名大農、教授 博士(農学) |
坂本龍太 | フィールド医学 | 分担 | フィールド医学の立場からアクション・リサーチの事業化 | 京大東南研、准教授 博士(医学) |
吉野磬子 | 農学 | 分担 | 生業・ジェンダーからPRA・PLAを実施し、 地域連携事業計画作成に参加 | 東京農業大学、教授 博士(農学) |
大西信弘 | 動物生態学 | 分担 | エコツーリズム・農業からPRA・PLAの実施と事業計画作成に参加 | 京都先端科学大学、教授 博士(理学) |
宮本真二 | 地理学 | 分担 | 地理学からマウビン大学のCDCの教育関連プログラム作りに参加 | 岡山理科大学、准教授 博士(理学) |
市川昌広 | 農村開発 | 分担 | 高知大学の地域協働学部の経験をマウビン大学のCDCに「技術移転」するアクション・リサーチを担当 | 高知大学、教授 博士(人間環境学) |
竹田晋也 | 地域研究 | 分担 | 沖縄とミャンマーでの生業に関するPRAとASAFAS院生の指導、グローカル地域研究の研究会での発表 | 京大大学院ASAFAS、教授博士(農学) |
南出和余 | 文化人類学 | 協力 | 家族からPRA・PLAと家族、教育問題から地域活性事業への協力と文化人類学の立場からグローカル地域研究の検討 | 神戸女学院大学、准教授 博士(文学) |
大湾明美 | 看護学 | 協力 | 沖縄県宮古島での地域看護・保健に関するPRA・PLAの企画・実施 | 沖縄県立看護大学、教授 博士(保健学) |
宇佐見晃一 | 農業経済 | 協力 | 日本での大学地域連携の整理と調査準備、CDCの地域活性化事業計画への助言 | 名古屋大学、教授 博士(農学) |
鈴木玲治 | 地域研究 | 協力 | 農村振興の専門分野から日本国内でのPRAとワークショップでの助言 | 京都先端科学大学、教授 博士(地域研究) |
山根悠介 | 気象学 | 協力 | グローバル問題抽出に関するPRAとワークショップでの助言 | 常葉大学、准教授 博士(理学) |
浅田晴久 | 地域研究 | 協力 | グローカル地域研究の可能性に対する研究会での発表など | 奈良女子大学、准教授 博士(地域研究) |
赤松芳郎 | 農村開発 | 協力 | Opo村での調査、日本での大学地域連携事業の調査の準備と補助、計画書作成の補助、ブータンのシェラブッチェ大学との連携 | 京大東南研、連携助教 博士(農学) |
学生4名 | 地域研究/農学 | 協力 | ミャンマー・ブータン・バングラデシュのPRA・PLAに参加して、調査の補助を行う | 京都大学/名古屋大学等 |
タシ・ドルジ | 人口学 | 協力 | ブータン王立大学シェラブッチェ校GNH-Community Engagement CenterでのPRA・PLAの計画と実施 | シェラブッチェ校、講師 修士(人口学) |
R.ラーマン | 農学 | 協力 | バングラデシュ農業大学普及センターでのPRA・PLAの計画と実施 | バングラデシュ農業大学、 准教授 博士(地域研究) |
ソ・ウィン | 地理学 |
協力 | CDCの運営責任者でカウンターパートの調整、CDC運営ガイドライン作成 | Maubin大学、教授 PhD |
ミン・ペイン | 地理学 |
協力 | ミャンマーでの村落調査の調整や実施を行う | Maubin大学、助手 MA |
ミン・ティダ | 農村地理学 | 協力 | 農村地理学の調査経験が多く、 農村調査結果の調査報告書作成 | Hpa-an大学、教授 PhD |
ウ・セイン・テ | 森林生態学 | 協力 | FREDAの代表としてエコ・ツーリズム地域連携事業計画のとりまとめ | FREDA、代表 Msc |
キン・レイ・シュエ | ファーミングシステム | 協力 | エコ・ツーリズム調査と調査報告書及びエコ・ツーリズム実施計画書の作成 | FREDA、理事 PhD |
ウ・アウン・ミヤ | ツーリズム | 協力 | エコ・ツーリズムについて旅行代理店の視点からの助言 | 旅行代理店、代表 |